科学者はあの時の思い出を思い浮かべたのだろうか
「有り得ない有り得ない有り得ない…」
メデューサという非科学な存在であり、科学者であるメキは大きな画面の前で何やらぼそぼそと呟いていた。
その表情は尋常じゃないほどに苛立ちに染まっていた。
その姿を、研究所に居た者達はぽかんと見つめるだけだった。
「…最近のメキ、可笑しいと思うんだけど。」
「お腹の傷、治ッたのカな?」
海神と兎弥は純粋にメキを心配している様で、困ったように顔を見合わせた。
二人が心配しているのにも関わらず、メキは大きな画面を見つめたまま宙に浮いた透明のキーボードを乱暴に打つ。
「ああああああああああ!!もう、何でこんなことにっ…あいたたた…」
「「メキ大丈夫!?」」
メキが大きく腕を上げたと思えば、急に腹を抱え痛がった。
きっと机に叩きつけたかったのだろうが、腕を思いっきり上げた事によって腹に力が入ったのだろう。
そんな光景を、大人びた三人が見つめていた。
「…メキは如何したんだろうか。」
「…赤は穢れた色…」
『おいおいマシーン。返事になってねぇぜ?』
「マシーン違う…」
D-0472の問い掛けに、意味の分からない答えをマシンが言うとムイが咄嗟に突っ込む。
D-0472は、これは誰とも話にならないと思い口を閉ざした。
メキが可笑しくなったのは、腹に傷を負って帰って来た日からだろう。
あの日からメキは、小さなことで怒ったり泣いたり可笑しい。
今もまた何か分からない事に怒っている。
その時、時折見せるぼんやりとした表情はきっと彼しか知らないのだろう。
落ち着いたのかメキは作業をし始め、他の皆も自分のことをやり始めて何十分後。
チェックと海神は買い出し、D-0472と兎弥は戦闘の練習という事で研究所にはメキとマシン二人だけになっていた。
作業が終わって暇そうなメキをじっと、マシンは見つめる。
メキは何か少し考え、すくっと席を立つと
「私ちょっとトレニアのところ行ってくる。マシンは好きな様にしても良いけど、外に出るなら研究所の鍵閉めなさいよ。」
と言った。
マシンの包帯の一つ目が、ギョロリとメキを見つめた。
いつもと違い何かを見透かすように此方を見てくるその目に、メキは少しぞくっとする。
一つ目がじろじろとメキを見つめると、マシンは口を開いた。
「本当に良いのか?…彼…トレニアとヴィオレットは…」
「言わないで。」
メキは近付いてマシンの口に人差指を当てる。
急なことでマシンの大きな目は見開き、不思議そうにメキを見た。
「きっと貴方は、マシンは私がこれから知る事全て知ってるんだろうけど…それは私が彼等の口から聞かなきゃいけないことだと思うの。…私ね、此処まで優しい…『好き』の気持ちを感じたのは、本当に久しぶりなの。」
メキは誰にも見せない様な幸せそうな頬笑みを零した。
彼女を怪物だとは、殺人ばかりの化け物だとは思わせない様なその微笑みに
マシンも少し見入ってしまった。
「私、言ったの。ヴィオレットは何が本性でもヴィオレットだって。私ったら、こんなんだからいっつも絶望してるんだろうけど…やっぱりまだ希望持っちゃってんだ、馬鹿だね。…トレニアにまで危害が及んだら、本当に私の所為だ。…私は二人を苦しくさせたくないよ。…二人が好きなんだよ。」
さっきの柔らかい頬笑みを残しつつ紡がれる決意。
彼女は本当に彼等を信じていた。
泣きそうで、でも、幸せそうな笑顔がそれを語っていた。
「…其処まで言うなら。」
「まぁ、マシンが何言おうが行く気だったんだけどね。」
いつもの調子に戻ったメキは、けらけらと笑って外に出た。
あ、Tシャツ着るの忘れてたと苦笑いで戻ってくるメキも、メキらしかった。
「トレニアー…って何時も此処等辺に居ると思うんだけどな、今日はいないのかな?」
私は森をきょろきょろと見回しながら進んでいた。
嫌な予感しかしなかった。やっぱりあの事を言わなければ、と。
悪い予想がぐるぐると私の頭の中に渦巻く。
…お願いだ、止めてくれヴィオレット。
心の中でずっと懇願している。
もしトレニアも何かされてしまったら、私はどうやって謝罪すればいいんだろう。
嫌な気持ちを振り払って、祈るように森の奥へ進む。
きっと次ヴィオレットに会ったら何をされるか分からない。
それでも私は、まだヴィオレットの事を信じているから。
「きつ…、やっぱり体力減ったか……ッ!?トレニア!?」
森の奥地には、口と腹から血を流しているトレニアが居た。
私の冷静さは一気に失われ、トレニアに掛け寄った。
「…ッ、メキ…?」
「あぁ、私だメキだ!!すぐに手当てするからじっとしてて!!」
嗚呼、やっぱり私の所為だ!!
私は今にも泣きたい気持ちになったが、それをグッと堪えてトレニアの手当てをする。
やはり手当てに必要な物は持ってきておいて良かった。
「…まさかお前、ヴィオレットに…」
「…俺から彼奴に言ったんだよ。」
「ば、馬鹿!!何でそんな事してるの!!全部、全部私の所為じゃないか…!!」
「…え…」
手当てをしながらなのに、私の目から熱いモノが流れ出てくる。
私の母も、クキ師匠も、皆誰かを想って死んだ。
それはそれ相応の人だったからなんだろう。
だけど、だけど私の為に、私の所為なのに傷つく人がいるのが私は見ていられない。
「私はこんな事なんて望んでない!!私なんかのことで傷つかないでよ、お願い死なないで…死なないでよ!!」
「メキ、俺は死なな…」
「嫌、独りにしないで…私、ヴィオレットも、トレニアもいなくなったらどうすれば…!」
「メキ…」
「…ごめん、トレニアごめん…ごめん…」
私は無意識にトレニアに抱きついてしまう。
涙が止まらない。私はいつからこんなに弱くなった。
「私は、二人の事が…」
薄暗い森の奥地で、彼女が涙を流した場所で
桃色の花と黄色の花が、寄り添う様に咲いていた。
後書き
きっとメキちゃんの不幸体質は、性格から来てると思うんです。
ヴァジュラさんから貰ったバンダナを捨てれない様に、
ヴィオレット君から暴力されても気遣ってしまう様に、
彼女は中々人を忘れたり、信じなくなったり出来ない子だと思うんです。
それがまぁ災いしてるんでしょうな。
メキちゃんの好きは恋愛だけど意味深な感じで←
トレニア君とヴィオレット君と時々、二人で一人だと見ているのかもしれないです。
一人一人とすると、ヴィオレット君への好きは友情かな。
取り敢えず可笑しな小説になってしまったけど楽しかったですわ。