自己満の味噌煮

小説書く。難しい。

私達は。

「私達には好きに死ぬことすら許されていない」

姉のような存在の口から出た言葉は驚くようなものではあったが、何故か自分はその事実が簡単に自分に染み込んで理解できてしまった。

“私達には好きに死ぬことすら許されていない”

私と姉には確かに主がいて、私達はその人に管理をされている。それでも主人には私達の生死まで管理するような能力はない筈だ。彼は強いけれど、それまでだ。人を蘇らせたりはしないし、況してや治癒魔術の一つすら使ったのを見たことはない。

それでも目の前の姉は唇を噛みながら言うのだ。

「私達は好きに死ぬことすらままならない」


「私達は好きに死ぬことすらままならない」

それを私は未だに繰り返していた。すんなり理解はしたのにそれに根拠がなくて、理解はしても納得がいかなかったからだろう。

だって、姉はとてもとても曖昧で複雑な表情をしていたから。今にもその表情は、波に浚われる砂の文字のように消えてしまいそうで、空の雲模様の変化のように一瞬で崩れそうだったから。私は嫌でもそれについて理解と納得をしてしまう。私は姉の表情が溶けてなくなってしまうのが嫌だったのだ。

そんなことになってしまうくらいなら、本当に波の中で姉の笑顔がいつまでも変わらずに残ってくれればいいと感じた。

「私達は好きに死ぬことを望んでいる」


「私達は好きに死ぬことを望んでいる」

最近姉はそんな言葉を繰り返す。

元はと言えば自分が口をついて出した言葉であり、姉はそれを“後ろ向きで前向きな言葉だ”と笑ってそれを繰り返すようになった。その目は真っ直ぐ空と海が交わるところに向けられていて、瞳の中で波の煌めきをより一層綺麗にしていた。

そして私は変な言葉を吐きそうな口を押さえ、姉はすぐに私に気付いては真意を汲む。

いつだって最初に気づくのはお姉ちゃんだ。ぶっきらぼうで無愛想に見えるのに、きっと誰より私や周りを見ているのだ。そして全て汲み取った姉は、冷たい潮風に当たりながら私にいつもこんなことを言うのだ。

「私達で好きに死んでしまおうか」


「私達で好きに死んでしまおうか」

そう言った姉の手をしっかり握り、水に足をつける。海水はひんやりしていて、湖と違ってずっと水が私達を呑み込まんとしていた。それはいつもならば恐ろしいのに、今は何故だか心地好い。それによって自然に瞼が閉じていくくらいには身体が馴染み、ゆっくりと同化していく。

「私はずっと空になりたかった。でも、空はこんなにも近くにあったんだな」

姉の声が聞こえ、私はひっそりと口元を緩ませる。姉は意外とロマンチストなのかもしれない、と今思ってももう無駄なのだが。自分もこの光景について何か残しておきたくて、口を開こうとしたが声が出なかった。

可笑しい。そう思ったのも束の間、手の感触はなくて。隣にあったのは、海の青。

ああ、私達は、私達には――

「私達には好きに死ぬことすら許されていない」



――いつも目が覚めるのは其処まで辿り着いてから。その途中で目が覚めることも、筋書きから外れることも一度もない。まるでこの夢は、私に絶対に逃れられないのだと暗示するように繰り返す。でも繰り返しているのを思い出す頃にはもう隣は真っ青で、取り返しがつかなくて。この夢を見た朝はいつも辛くて、そのままベッドの上で塞ぎ込んでいると彼女がやって来る。

「おい、朝食置いておくからな」

「――……うん」

ぶっきらぼうな優しさに小さく頷けば、木のトレイに置かれた朝食を口に入れることにする。どうしていつもこんな風に終わってしまうのだろうか、あれは本当に夢なのだろうかと脳内で巡れば巡る程に虚しくなってしまう。心にぽっかり空いた穴から聞こえてくるのはやはり同じ言葉。死にたいという変わりない願い。


「私が好きに死んでしまえたなら――」

何処かから泡の音がして、心の海中にそんな願いは沈んで失せた。