自己満の味噌煮

小説書く。難しい。

私達は。

「私達には好きに死ぬことすら許されていない」

姉のような存在の口から出た言葉は驚くようなものではあったが、何故か自分はその事実が簡単に自分に染み込んで理解できてしまった。

“私達には好きに死ぬことすら許されていない”

私と姉には確かに主がいて、私達はその人に管理をされている。それでも主人には私達の生死まで管理するような能力はない筈だ。彼は強いけれど、それまでだ。人を蘇らせたりはしないし、況してや治癒魔術の一つすら使ったのを見たことはない。

それでも目の前の姉は唇を噛みながら言うのだ。

「私達は好きに死ぬことすらままならない」


「私達は好きに死ぬことすらままならない」

それを私は未だに繰り返していた。すんなり理解はしたのにそれに根拠がなくて、理解はしても納得がいかなかったからだろう。

だって、姉はとてもとても曖昧で複雑な表情をしていたから。今にもその表情は、波に浚われる砂の文字のように消えてしまいそうで、空の雲模様の変化のように一瞬で崩れそうだったから。私は嫌でもそれについて理解と納得をしてしまう。私は姉の表情が溶けてなくなってしまうのが嫌だったのだ。

そんなことになってしまうくらいなら、本当に波の中で姉の笑顔がいつまでも変わらずに残ってくれればいいと感じた。

「私達は好きに死ぬことを望んでいる」


「私達は好きに死ぬことを望んでいる」

最近姉はそんな言葉を繰り返す。

元はと言えば自分が口をついて出した言葉であり、姉はそれを“後ろ向きで前向きな言葉だ”と笑ってそれを繰り返すようになった。その目は真っ直ぐ空と海が交わるところに向けられていて、瞳の中で波の煌めきをより一層綺麗にしていた。

そして私は変な言葉を吐きそうな口を押さえ、姉はすぐに私に気付いては真意を汲む。

いつだって最初に気づくのはお姉ちゃんだ。ぶっきらぼうで無愛想に見えるのに、きっと誰より私や周りを見ているのだ。そして全て汲み取った姉は、冷たい潮風に当たりながら私にいつもこんなことを言うのだ。

「私達で好きに死んでしまおうか」


「私達で好きに死んでしまおうか」

そう言った姉の手をしっかり握り、水に足をつける。海水はひんやりしていて、湖と違ってずっと水が私達を呑み込まんとしていた。それはいつもならば恐ろしいのに、今は何故だか心地好い。それによって自然に瞼が閉じていくくらいには身体が馴染み、ゆっくりと同化していく。

「私はずっと空になりたかった。でも、空はこんなにも近くにあったんだな」

姉の声が聞こえ、私はひっそりと口元を緩ませる。姉は意外とロマンチストなのかもしれない、と今思ってももう無駄なのだが。自分もこの光景について何か残しておきたくて、口を開こうとしたが声が出なかった。

可笑しい。そう思ったのも束の間、手の感触はなくて。隣にあったのは、海の青。

ああ、私達は、私達には――

「私達には好きに死ぬことすら許されていない」



――いつも目が覚めるのは其処まで辿り着いてから。その途中で目が覚めることも、筋書きから外れることも一度もない。まるでこの夢は、私に絶対に逃れられないのだと暗示するように繰り返す。でも繰り返しているのを思い出す頃にはもう隣は真っ青で、取り返しがつかなくて。この夢を見た朝はいつも辛くて、そのままベッドの上で塞ぎ込んでいると彼女がやって来る。

「おい、朝食置いておくからな」

「――……うん」

ぶっきらぼうな優しさに小さく頷けば、木のトレイに置かれた朝食を口に入れることにする。どうしていつもこんな風に終わってしまうのだろうか、あれは本当に夢なのだろうかと脳内で巡れば巡る程に虚しくなってしまう。心にぽっかり空いた穴から聞こえてくるのはやはり同じ言葉。死にたいという変わりない願い。


「私が好きに死んでしまえたなら――」

何処かから泡の音がして、心の海中にそんな願いは沈んで失せた。

神の苦悩

「神は夢を見ないと言います」

「そうだね」

項垂れたまま真っ白な椅子に座る新人に、紅茶を注いだカップを差し出しながら答える。

普段は天界での作業の担当じゃない私が何故此処にいるか。それは、この子が理由だった。第二の感情神であり、特に新人である彼はとても影響を受けやすい。しかしベテランである蝉尽火と気が合うのもあって、今までは上手くやっていたそうだ。それがいきなり、こんな風になってしまったらしい。体を上手く休めることも出来ず、頭を押さえては仕事をしていることが目立つ。神の中での精神治療みたいなのは何時の間にやら私の仕事になっており、今回もそれを見かねたヘルプからの命だった。

「その質問の意図が分からないが。何か変わったこととかあれば言ってご覧。若しくは、辛いことや解決したいこと」

未だ私は後ろを向いたままだが、彼に対してそう問いかける。信用出来ぬ奴になんか話せるか、と言う奴も居れば知らない奴だからこそ話せる奴もいる。最初の問題はそこだが、さて彼はどうだろう。

彼の言葉を待っていると、頭を垂れたままの彼がゆっくりと口を開いた。

……夢じゃないけど、幻覚を見ます」

「幻覚を?」

……ええ。誰かが目の前で叫んでいる幻覚を。もしかしたらそれはもう夢なのかもしれない、ですが」

その言葉に少しだけ私も考え込んだ。この国の、この世界一帯を支配する神々は全てが全て生まれついてではない。捨てられたもの、社会から葬り去られたものを再利用する場合もある。檜はその『人生の途中から神になったもの』の一人であり、その場合は夢を見ることも有りうるのだ。もしや、彼の見ているものは本当に夢である可能性もあった。考えが巡る中、彼は話を続けてくれる。

……ふと、すると……誰かの手足を千切ってるんです。相手は泣き叫んでいるのに、それが……寧ろ、嬉しくて、興奮して、愛おしくまでなって」

彼の口は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。最初こそ無気力な声だったが、それは徐々に熱を帯びたように高まっていく。その声は後悔や罪悪感を孕んでいるのに、明確に昂りを感じさせる声だ。

……噛みついたりしようとすると、消えてしまう。幻覚にしては、長くて、リアルで……やっぱり可笑しいですね、ごめんなさい」

恍惚としていた声色は、一瞬にして正気を取り戻したかのように冷めきった。しかし其処に確かに熱情はあり、きっと彼は確実に人間らしい激情を抱いていた。

ディオニュソスさん」

「なんだい、檜くん」

「俺は何を見てるのでしょう」

「全部視てると思うよ」

温かい紅茶が私の冷えきった身体を内側から温めていく。これを飲むといつも瞼の裏には海が綺麗なあの国が浮かぶのだ。そして私の頭はカチリ、と音を立てる。今になっては酷く古臭い歯車式の機械を動かすように、私の古ぼけた頭は思考を巡らせる。

彼が見ているのは元は“現実”、次に“悪夢”で、今は最早“幻惑”なのだ。彼の話すことは妙に現実味があり、ただの夢と言うよりはきっと後ろめたい現実が襲ってきた姿だ。彼は思っていたより抱え込んでいて、今にも壊れそうだったのだ。

「まぁ、取り敢えず気にせず眠れるようにしようか。そういう環境を作って蝉くんに面倒見お願いしよう」

心の問題は人間も神も変わらず、他人がどうしようが本人の問題だ。此方としては、兎に角精神的に安らぎ今より頭が働く環境を作ってあげる他ない。

だからこそ彼に提案しつつ、独り言のように私は呟いていたがその途端に彼は目の色を変える。

「蝉尽火さんに迷惑はかけられないんですけど……

「ならヘルプにでもするかい?」

……えっと」

彼はその名前を聞けば、ぎこちなく口角を上げていた。




「それで一応、固有空間の把握をして疲れが効率的に取れるように変えてみた。これでダメなら、また話を聞くことにするよ」

「ああ。礼を言う、ディオニュソス

新しいカップに注がれた紅茶とは真逆に冷たく、これっぽっちも感謝なんて感じないような声色で言うヘルプを眺める。

話を聞いた後だと私の中の気持ちもひっくり返されてしまっていた。彼は“苦しむ部下を見かねて精神分析を勧めた上司”ではなく、“無理難題を押し付けた末に病んだ部下を他に押し付けた上司”だったのだから。しかし彼はそれを私が見透かさないだなんては思っていないだろう、これだけ長い付き合いでお互いの事は理解しているつもりだ。それでも檜くんに私の診察を勧めたのはやはり、部下に潰れてもらっては困るという話なのだろうか?

「彼がやった仕事っていうのはさ、必要だったことなのか?」

このまま黙っていても良かったのかもしれないが、つい口を開いてはそんな質問が溢れた。ヘルプは表情を変えず、紅茶を一口味わってから落ち着いた様子で答える。

「我々にはあまりにも業務に影響を及ぼす奴等は除外する義務もある。彼奴はそれに含まれていただけだ」

「ならなんで、彼は殺さずに手足だけを取ってきた?急所を突けば良いじゃないか」

……はは」

彼の笑いに、意識せずとも目が見開いてしまった。

そんな自分を落ち着けようとして紅茶に口をつける私とは逆に、ヘルプは嘲笑するような表情を浮かべている。

そして彼はこう言ったのだ。

「さぁ?情が移ったか痛ぶるのが楽しくなったかしたんじゃないのか?其処に俺の命令は関係ない」

そんなことを言う彼の目は醜く淀んでいて、真偽はその色を見れば単純明快だった筈なのに。どうして彼はそんなことを言ったのかは分からないまま、私は甘い紅茶を啜る。

「さて、話は終わりだ。俺は戻るとする」

「は?まだ終わってないぞヘルプ。ちょっと待てよ」

彼は私の引き留めに反応せず、すぐに立ち上がれば私の固有空間から姿を消す。前からあんな奴だっただろうか、と私は頭を悩ませるしかなくなってしまった。

しかし今考えても、結局答えは何も出てこないだろう。途中で考えるのを止めれば、私は勝手に出てきた溜め息にまた困惑しながらもカップの片付けをする。


不注意で一つ壊してしまったが、きっと何でもないさ。

それはまるで天国へ帰る天使のようで(未完成)

あ、あ、と自分の隣にいる親友は言葉にならない小さな声を発していた。
そんな親友の虚ろな目は大きく見開かれ、目の前にあるものをじっと見つめて大粒の涙を流していた。
第三者から見たら異様な光景だろう。
村の真ん中、磔にされ燃やされた女の子の残骸を見つめる二人の少年。
一人は冷静にそれを見つめ、もう一人は今にも倒れてしまいそうなくらい顔を真っ青にしてそれを見つめている。

村人に話を聞けばきっと「仕方ないことだった」と口を揃えて言うだろう。
何が仕方ないことだったのか、何故彼女が死ぬことが仕方ないことにされたのか。
きっと親友も納得はいかなかっただろうと、僕は考えた。

どさっと音がして突然隣にいる親友が膝をつき、首から紐でかけてある指輪を両手で握りしめた。
その肩は震え、地面にじわりと涙が染み込んだ。
それは彼が、彼女に大きくなったら結婚しようと言われた時に貰ったものだった。
彼女はまだ幼くてよく理解してなかったからなのか、僕にもくれたのだが。

彼女はまだまだ小さい子だった。
幼馴染である僕と親友によく懐いて、一緒にたくさん遊んだ。
彼女はまるで、天使だった。
小さく幼いながらも、優しく健気で大人びていて親友も僕も彼女が大好きだった。

World tree is me. -3-

それから、一晩経った。
バックスからの連絡でカニーナの安否、故郷の状況を把握することは出来た。
本当ならもうこの頃には次の町には着いていただろうに…などとも考えたが、こればっかりは仕方がなかった。
やっと出発という頃、ロビーに可笑しいくらいにっこりとした笑みを浮かべる彼がいた。
「……バックス、何してるの?」
「いや、ほら、一緒に行くつもりでさ」
「………………ああ、そうだったわね」
忘れてたわ、と付け足すと彼はがっくりとした様子を見せる。
彼は一々、感情の表現が大袈裟だ。
「冗談。別に良いけど、貴方此処に他の目的はないの?」
「特にないから言っているんだよ」
「……そう。じゃあ行きましょう、バックス」
また笑顔を見せた彼に口元だけの笑みを見せ、二人で外に出た。
外は変わらない冬。楽しそうに舞い踊り、白銀の大地の一部になる雪を見ながら、柔らかいそれを踏みしめる。
さくさくという不思議な感触が、此処は故郷ではないことを私にはっきりと理解させる。
履き慣れないブーツをじっと見つめながら歩いていると、彼が「あのさ」と私に話しかけた。
「なあに?」
「逃げてきたっての、嘘だけど嘘じゃないんだ」
「どういうこと?」
彼の言うことの意味が分からず、首を傾げる。
彼は変な人だ。元々そう思っていたが、何だか言動もふわりとして、空気みたいに掴みにくい。
「本当は俺さん。育ちはこっちなんだ。でな、生まれ故郷に帰ってみたら、ひっどい場所になってたのさ。だから、逃げてきた」
「……そういうことね、嘘だけど嘘じゃないなんてからかってるのかと思ったわよ」
私がそう言って目を逸らしてみると、ごめんごめんと言いながら彼は視界に入ろうとしてくる。
その姿に私がふっと笑うと、大人気ないことに気づいたのか照れながらははは、と笑った。
「それじゃあ、私も目的を話さなきゃいけないわね。……私は、この頭に生えた世界樹の端くれを世界樹に返さなきゃいけないの」
「ああ……“ユグドラシル・ホリック”ねぇ」

男達の晩餐

※キャラ崩壊

 

「ああああぁあぁああぁ……」

一人の男がえらく長く、そして情けない声を出した。

その声の主はダハブ。くすんだ灰色の髪に隻眼隻腕の男だ。

渾名は「不審者」「ストーカー」「半裸」などがある不憫な男だ。

しかし反応が面白いのだから仕方がない。

そいつはもうべろんべろんに酔っていて、顔を真っ赤にしながら折りたたみ式テーブルの上に突っ伏してさっきから情けない声を上げてばかりいる。

そんなダハブを眺めていると、隣からそいつの頭に容赦なくチョップが繰り出された。

「おい、煩いんだが。黙らせれないのかこいつ……」

「痛くねぇ…お前筋力なさ過ぎ」

「5だからな……」

さっきチョップを繰り出し、現在ダハブの口を何処からか取り出したガムテープで塞ごうとしているグラデーションのかかった青い髪の男はヤド。

こいつもかなり酔っているようで、たまに呂律が回っていなかったり変な行動をしたりしていて危なっかしい。

この三人の中では最年少であるが、俺達とは容赦なく殺し合った仲だ。

ヤドとダハブ、そして俺…ザーヒルは祖国の紛争に紛れてお互いの欲望を押し付け合いながら何度も殺し合った。

今だってとても仲が良い訳ではない。

現在の俺達の居場所である“戯書”に来てすぐは、俺達は共同生活をしなくてはいけないことからどうしても一緒にいる事が多かった。

しかし少し経ってから、俺達はそれぞれに大切な者との再会を果たし、互いにいるよりかはその者達との時間を長く取るようになった。

…そうは言えど、俺はその大切な者といるより、一人の方が多いのだが。

 

そんなこんなと誰に向けるでもない独り言を心の中で呟いていると、ダハブがいつの間にかガムテープでぐるぐるに巻かれている。

「お前等何がしたいんだ……?」

「サーシャに会いたい……」

「そういうことを聞きたい訳じゃない。今現在この状況を見て何がしたかったんだと訊いている」

口を開けば惚気ばかりになったダハブを威圧しながら銃剣を向けると、苦笑いをしながらテープを片付けつつダハブはまた口を開いた。

「分からねーよ。俺がサーシャの話するとヤドが突っかかってくんだよ」

「うるへぇ俺のめるりが一番かわへえに決まっへるらろ」

「「何言ってるか分からない」」

もう完全に呂律の回らなくなっているヤドに偶然にも同時にツッコミを入れる。

俺がやれやれと溜め息をついている間にもヤドの暴走は続く。

「あのなぁめるりはなぁ二人もいてどっちもかわいくへな、どっちもかわいくへ、やばいんだぞ。やばい」

「もうこいつ駄目だろ……」

「…ダハブ、こいつ寝かせないか……?」

「だって一番可愛いのサーシャだろ?」

「ああもうお前等全員地獄に落ちてくれないか?絶望を見せてやろうか…?」

流石に腹が立った俺は二人に水をぶちまけた、そのまま頭を冷やしてくれるといいのだが。

どうしてこうなったんだろう、と二人が静かな間に酔いでぼんやりする頭で考える。

そう言えば俺達はヤドの彼女…同居人の一人、メルリがめでたくダハブの彼女になったらしいもう一人の同居人のサーシャの為に、こっそりとパーティーをやりたいと言っていて俺達はテントと酒とテーブルその他諸々を担いで外に出てきたんだった。

そうだったなぁ、と考えていると俺に水がかけられた。

驚いて顔を上げると目の前で二人がコップを持ってにやけている。

こんなに楽しげに協力している二人を見るのは珍しい、と言うより初めてだ。

「……ッ、ダハブお前」

「テメェも酔ってんだろ?何かぼーっとしてたし、誰かのこと考えてたんじゃねぇの?俺達のこと言えねぇだろ?」

「あれか…あれだろ…。あのかみしゃまだか何りゃかの…ざーひるがめちゃしゅきなやつひゃろ」

聞き取り難くはあったが、そのヤドの言葉が誰を差しているかすぐに理解した。

俺の一番崇拝しているあの方のことだ。

「魔神様のことか…?」

「あ?何だっけ魔神か知らねぇけどお前よく誰かを連れて本読んでるじゃねぇか」

「あるてみしあ…だったひゃ…?」

「………お前等」

其処までにやにやとして話す二人を見ていたが、俺は二人にもう一度銃剣を向けた。

「お前容赦ねぇな……何だよーじゃあ俺達の彼女の話聞くのかよオイ!?」

「そーらそーらぁ、話聞けよお」

二人で肩を組んでぶーぶー言っていて煩い。

多分聞かないとこのまま言及し続けるのだろう、こいつ等の口からあの人の名前が出る事すら汚らわしく感じる。

「…分かった。聞くから言え」

わざとらしく呆れた顔をしてやってから座り込み、拳銃を片付けて新しい酒を出すとダハブやヤドもすっかり機嫌を良くして一緒に座る。

そして俺達は二度目の乾杯をすると、また話を続ける。

他の場所で開かれているパーティーの裏で、俺達の晩餐は続く。

 

「でさ、サーシャマジ可愛いんだって。腹パンされたけどさ。ちょっと照れたみたいな反応も悪戯もなんか最近すげー可愛い。愛し過ぎる」

「めるりだってなぁ、かわいんだぞぉ。超かわいい、俺ににこにこするしぎゅうってするしな~~」

「……お前等、よく話のタネが尽きないな…。呆れを通り越して尊敬や関心に辿り着きそうだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が寝静まった後、もう一度水を口に含んで一人で考えた。

あの方、アルテミシア…否、ホロヴァーレに対する俺の気持ちを。

俺はあの方をとても大切に思っていて、とても守るべき存在だと思っている。

それは俺が一番分かっているし一番そうしたいと思っている。

しかし最近はどうだろうか。

大切な者と傍にいる事が出来て幸せそうにしながら触れ合える、俺が一番憎んできた光景に妬みを感じる。

俺も大切な者といたいと感じるのだ。

俺の大切な者は紛れもないあの方、俺はあの方が汚れる事を許すことはないのに。

俺はあの方の純潔を守る為なら何があろうと良いと今でも思っているのに。

投げかけられた言葉によって嫌な考えが止めどなく溢れる。

俺はあの人の傍にいて、あの人に触れる権利などないのだ。

遠くにいて、俺だけはずっと汚らわしいままで、あの方を汚そうとするモノを全て消し去っていればいいだけだ。

 

 

 

ただ、褒めてもらうだけでもと望んではいけないのだ。

俺は寂しくなんかない。俺は悲しくなんかない。俺は触れたくなんかない。

そもそもその権利を持たない。

俺とあの方は生涯程遠い存在であり、傍にいられる筈なんてない。

だから俺は祈る。

「どうか貴女がそのまま程遠い存在で、居てくれますように」

四面楚歌の男と一人の女

腹立だしい限りだった。
終わらぬ紛争、過激化する宗教、血濡れる大地。
自覚している自身の短気は、全てに腹を立てそして全てを呆れに変えていった。
俺の目的。あのヤドの野郎の一行を止める、そして俺が宗教や権力を全てストップさせてやること。
頭では分かっていても、そろそろ身体がついていかなくなっていた。
「……ふざけんじゃねぇぞ……弟子も何もかも俺の敵になりやがって……」
水分補給をして薄い布の上に倒れ込んでも、最初に出るのは恨み言。
俺はこんなにねちっこくなかった筈なのに、と思いつつも脳内で文句は止まらず溢れる。
今の俺は四面楚歌に近い状態であり、いつも気を抜いていられない状況だった。

まだ味方、と呼べそうなのは妹のアザリーだけだった。
あいつは何故か俺を慕ってくれていて、恋愛沙汰とかが見つかれば牙を剥いてくるが、殆どは俺を助けるように動いてくれる。
俺の敵でもあるカルカダンと滅茶苦茶に仲が悪いらしく、そいつばかりに敵意が偏ってるのが少し不安だが。
今の俺にはあいつしか味方と呼べない。
はっきり言って色々キツいものもあった。
何処へ行っても敵ばかり、狙われる自分の命。
信じられるのは己の拳のみ。
たまに心が折れそうだ、とアザリーの前で呟くこともあったが、口に出せてる間は大丈夫だと思っていた。
しかし限界は意外ともうすぐ傍まで迫っていたようで、疲れた身体を休めながら頭を冷やしていると浮かんでは消える恨み言にそれは表れていた。

「…………あ……」
ふと、頭に一つの考えが過った。
そう言えばあの変態……処女が処女がと煩い男、ザーヒルには守りたいものがある。
あいつはとても煩いし、ヤド並に面倒だから大嫌いではあるが、あいつの実力と想いは本物だ。
そしてヤドも同じだった。
守りたいものがあり、心の支え、味方がいた。
俺にはそれがない。
守りたいものがある者は強い、だなんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。
しかしこうやって独りになり、守りたいものがある奴等と対峙すると何となく理解をしてしまった。
あいつ等と俺は“覚悟”が違う訳だ。
一戦一戦の重みが違うから、それに懸ける覚悟も違う。
俺にはその重みがない。
そう思うとまた気が滅入ってしまった。
俺にも何かあれば、誰か話し相手がいればいいのにと思ってしまう。
アザリーは大事だ、しかしもっと違う何かが欲しかった。

そんなことをぐるぐると考えて、俺は思い出した。
「…………サーシャ……」
サーシャ、それは俺のことを半裸だの不審者だのと散々罵ってきたいけ好かない女。
顔は良かったしスタイルだって良かったがそれを吹っ飛ばす程の毒舌。
正直タイプでも何でもねぇ、どうでもいい女だと思っていた。
でも考え込んで思い出したのはそいつの名前だった。
起き上がってどうしてだ、と俺はまた考え出す。
ぼんやりと考えていると、次に思い出したのは会話に対しての不快感だった。
あいつと話している時、最初は不快感ばかりだったのを覚えている。
思い出すと少し腹が立つが、しかししっかりと怒れない俺もいる。
あの時の俺は素直に話していた。
味方もいない今は、素直に話すことの方が少なくなっていた。
敵との駆け引き、挑発、言い合い。
全てを素直に話す訳にはいかず、嘘が主流。
でも、あいつとはそんなことを気にしていなかった。
あれは本当の意味での会話だった。
だから腹が立っても怒れない。
俺はあの頃、心から腹をたてていたことなどなく、何処か楽しんでいたからだ。
そして今、楽しみや面白みのない会話ばかりの中、そういうものを喉から手が出るほど欲しがっていた。
あいつのような奴を求めていることは分かっていた。
「……会いてぇな……」
温い風が入ってくる窓の外を眺めた。
ただ会いたいという気持ちが残った。
誰だって良い訳じゃない、純粋にまたサーシャという女と会い、会話がしたくなった。
分かってはいても恥ずかしくなってきて、俺はまた布の上に倒れる。
また罵られるんだろうな、と思っても心は穏やかだった。
本当の罵倒を、本当の意味で投げかけられる暴言を思えばあれなんざ逆に愛しいくらいだ、とも思った。
知らないうちに俺も荒れていたんだな、ともう一度感じる。
そしてそのまま目を閉じた。
自分の気持ちを整理し、そして落ち着かせる。
一つの結論に至っただけでも、身体はかなり楽になった気分だった。
最後に残ったのは、ただ会いたいという気持ちだけ。
この戦乱で荒れた国で、
まともに本音を漏らせもしないこんな世の中で、
俺が唯一欲しかったのはただ楽に話せる口喧嘩の相手。
今何処に居るんだろうか。
そう思いながら俺は眠りについた。




今思うと、あの時からもうあいつが好きだったのかもしれない。
ただ会話がしたかった、それだけだったと思ってた。
でも普通の友人なんかは他国にもまだまだいた訳で、なのにあいつに会いたかったのを思うと今では何故か自覚をしてなかったのか不思議だ。
腕が落ちたって、目を晒すことになったって俺は泣かなかった。
なのに一つの心の引っ掛かり、ただの女一人がいないだけで段々泣きたくなるような気持ちになってくる。
「……あいつ、何処にいんだよ……」
そう言いながら、かつてのライバル共と探索をする約束をした本を開く。
これが再会の切っ掛けになるなんて、思ってもいなかった。


「不審者って俺のことじゃねぇだろぉな?」

(あぁ、もう!何年捜したと思ってやがる……!!)

恋心と一進一退

好きな人の場所へ向かうまで、軽々と動く足。

それでも目の前になると、重々しい言葉と動かない口。

たまにじっと見つめていると、吸い込まれそうになったり

頑張って触れてみると、意外と近かったり。

彼との距離を測るのは、怖いけれど楽しい。

恋っていうのは、怖いけれど楽しくて、意外と近くて遠くない。

 

最近、このままでも良いかもしれないなって思ってきた。

それを榎ちゃん達に言ったら、凄い怒られちゃったけれど。

私としては、どうしても、このままの方が楽なんじゃないかなって考えてしまうことも多くなっちゃって。

「何それ、霖ちゃんはそれでいいの!?」

「その男の子とあーんなことやこーんなことしたくないの?」

「童貞は黙ってて!!」

「…ええと、したくないとか、そんなんじゃないんだけどね…」

何だかとっても恥ずかしいことを言っている気がするけど、間違いでも誤解でもない。

恋人になりたいってそういうことだと、私も恥ずかしながら分かっている。

抱き合いたいとか、キスがしたいとか、……それ以上がしたい、とか。

彼とならしたいと思える、だから私は胸を張って好きだと言っているんだけれど、最近ちょっとだけ不安もある。

最初に言った通り、このままでも良いんじゃないかと思ってしまう時がある。

 

最近私も自慢出来ちゃうくらい、彼と仲良くなって距離が縮まったと思う。

でもそれで満足しちゃいそうなのは、いつもの私のネガティブな考え方の所為。

これ以上近づいたら、また離れちゃうんじゃないかとか、それならこのままがいいんじゃないかとか。

それが頭をぐるぐる回って、結局このままでいようと自己完結しようとしてしまう。

そして榎ちゃん達に相談して、また頑張ろうと思って、でもやっぱりと思って戻ってきての繰り返し。

私はまだダメダメだなあと痛感してちょっとだけ悔しくなる。

そしてまた今日、榎ちゃん達にこうやって話をしていた。

「霖ちゃん、そんなに気にすることないし、私としては脈ありだと思うよ!だから自信もって!というかもっと肉食でもいいんだよ!?」

「え、ええと…」

「榎、ちょっと霖困ってるよ。…霖は此処まで来るのに頑張って、ちょっと疲れてるだけなんだよ。だって、まだ、彼としたいことあるでしょ?」

「な、そんな、柵ちゃん、聞かないで…、は、恥ずかしいよ」

「ふふ、自分でも分かってるなら話は早いよ。まだ、近づきたいんだよね」

「…うん」

もう一度考えを改めた。

彼との今の関係も、はっきり言って好き。

話がしやすくて、不安じゃない程度に近くて、温かい気持ちになる。

けど、私の心はまだまだ彼の深い、核心の部分を求めてる。

「私、やっぱり恋人になりたい…。好きって言いたい、ぎゅってしたいし、たくさん、色んな事を共有したいから」

もう此処まで来ると恋心と言うより、下心なんだけれど、それも彼に対する心の一部だから仕方ない。

ダメダメな私も、自信のある私も、彼に近づきたい私も全部私だから。

何度も何度も気持ちを改めて、見返すことはあるだろうけど、それでも頑張って前に進んで行きたいな。

 

 

好きな人の場所へ向かうまで、軽々と動く足。

目の前になったら、今度はちゃんと笑顔。

次は自分から見返しちゃおう。

今度はもっと大胆にしちゃおう。

彼との距離を測るのは楽しいけど、これからは距離を縮めよう。

恋っていうのは、少しの不安と下心と、幸せと好きで出来ている。