自己満の味噌煮

小説書く。難しい。

四面楚歌の男と一人の女

腹立だしい限りだった。
終わらぬ紛争、過激化する宗教、血濡れる大地。
自覚している自身の短気は、全てに腹を立てそして全てを呆れに変えていった。
俺の目的。あのヤドの野郎の一行を止める、そして俺が宗教や権力を全てストップさせてやること。
頭では分かっていても、そろそろ身体がついていかなくなっていた。
「……ふざけんじゃねぇぞ……弟子も何もかも俺の敵になりやがって……」
水分補給をして薄い布の上に倒れ込んでも、最初に出るのは恨み言。
俺はこんなにねちっこくなかった筈なのに、と思いつつも脳内で文句は止まらず溢れる。
今の俺は四面楚歌に近い状態であり、いつも気を抜いていられない状況だった。

まだ味方、と呼べそうなのは妹のアザリーだけだった。
あいつは何故か俺を慕ってくれていて、恋愛沙汰とかが見つかれば牙を剥いてくるが、殆どは俺を助けるように動いてくれる。
俺の敵でもあるカルカダンと滅茶苦茶に仲が悪いらしく、そいつばかりに敵意が偏ってるのが少し不安だが。
今の俺にはあいつしか味方と呼べない。
はっきり言って色々キツいものもあった。
何処へ行っても敵ばかり、狙われる自分の命。
信じられるのは己の拳のみ。
たまに心が折れそうだ、とアザリーの前で呟くこともあったが、口に出せてる間は大丈夫だと思っていた。
しかし限界は意外ともうすぐ傍まで迫っていたようで、疲れた身体を休めながら頭を冷やしていると浮かんでは消える恨み言にそれは表れていた。

「…………あ……」
ふと、頭に一つの考えが過った。
そう言えばあの変態……処女が処女がと煩い男、ザーヒルには守りたいものがある。
あいつはとても煩いし、ヤド並に面倒だから大嫌いではあるが、あいつの実力と想いは本物だ。
そしてヤドも同じだった。
守りたいものがあり、心の支え、味方がいた。
俺にはそれがない。
守りたいものがある者は強い、だなんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。
しかしこうやって独りになり、守りたいものがある奴等と対峙すると何となく理解をしてしまった。
あいつ等と俺は“覚悟”が違う訳だ。
一戦一戦の重みが違うから、それに懸ける覚悟も違う。
俺にはその重みがない。
そう思うとまた気が滅入ってしまった。
俺にも何かあれば、誰か話し相手がいればいいのにと思ってしまう。
アザリーは大事だ、しかしもっと違う何かが欲しかった。

そんなことをぐるぐると考えて、俺は思い出した。
「…………サーシャ……」
サーシャ、それは俺のことを半裸だの不審者だのと散々罵ってきたいけ好かない女。
顔は良かったしスタイルだって良かったがそれを吹っ飛ばす程の毒舌。
正直タイプでも何でもねぇ、どうでもいい女だと思っていた。
でも考え込んで思い出したのはそいつの名前だった。
起き上がってどうしてだ、と俺はまた考え出す。
ぼんやりと考えていると、次に思い出したのは会話に対しての不快感だった。
あいつと話している時、最初は不快感ばかりだったのを覚えている。
思い出すと少し腹が立つが、しかししっかりと怒れない俺もいる。
あの時の俺は素直に話していた。
味方もいない今は、素直に話すことの方が少なくなっていた。
敵との駆け引き、挑発、言い合い。
全てを素直に話す訳にはいかず、嘘が主流。
でも、あいつとはそんなことを気にしていなかった。
あれは本当の意味での会話だった。
だから腹が立っても怒れない。
俺はあの頃、心から腹をたてていたことなどなく、何処か楽しんでいたからだ。
そして今、楽しみや面白みのない会話ばかりの中、そういうものを喉から手が出るほど欲しがっていた。
あいつのような奴を求めていることは分かっていた。
「……会いてぇな……」
温い風が入ってくる窓の外を眺めた。
ただ会いたいという気持ちが残った。
誰だって良い訳じゃない、純粋にまたサーシャという女と会い、会話がしたくなった。
分かってはいても恥ずかしくなってきて、俺はまた布の上に倒れる。
また罵られるんだろうな、と思っても心は穏やかだった。
本当の罵倒を、本当の意味で投げかけられる暴言を思えばあれなんざ逆に愛しいくらいだ、とも思った。
知らないうちに俺も荒れていたんだな、ともう一度感じる。
そしてそのまま目を閉じた。
自分の気持ちを整理し、そして落ち着かせる。
一つの結論に至っただけでも、身体はかなり楽になった気分だった。
最後に残ったのは、ただ会いたいという気持ちだけ。
この戦乱で荒れた国で、
まともに本音を漏らせもしないこんな世の中で、
俺が唯一欲しかったのはただ楽に話せる口喧嘩の相手。
今何処に居るんだろうか。
そう思いながら俺は眠りについた。




今思うと、あの時からもうあいつが好きだったのかもしれない。
ただ会話がしたかった、それだけだったと思ってた。
でも普通の友人なんかは他国にもまだまだいた訳で、なのにあいつに会いたかったのを思うと今では何故か自覚をしてなかったのか不思議だ。
腕が落ちたって、目を晒すことになったって俺は泣かなかった。
なのに一つの心の引っ掛かり、ただの女一人がいないだけで段々泣きたくなるような気持ちになってくる。
「……あいつ、何処にいんだよ……」
そう言いながら、かつてのライバル共と探索をする約束をした本を開く。
これが再会の切っ掛けになるなんて、思ってもいなかった。


「不審者って俺のことじゃねぇだろぉな?」

(あぁ、もう!何年捜したと思ってやがる……!!)