自己満の味噌煮

小説書く。難しい。

World tree is me. -2-

船を降りてから、私は少し観光をしてみた。
マントを買い、“チコート”と呼ばれる甘ったるくも美味しい温かな飲み物も買った。
街から離れた公園のベンチに腰を下ろして一つ息をついた。
温度が高いものが嫌いだったのに此処では真逆で、温かいものは大切だ。無ければすぐに凍死してしまう。
こんなに寒い日の公園には誰もいない。誰もいないからこそ此処を選んだのだけれど。
「……あ」
立った瞬間、突然視界が揺らぎ、手からチコートの入ったコップが落ちた。
目眩かと思ったが、違う。
世界が揺れている。
私の世界が揺れている。
「……う、わっ…!」
揺れに耐えきれずに私は体勢を崩して、倒れ込む。
視界の端に写った世界樹は、その大きな身体を揺らして地震に必死に耐えていた。
___嗚呼、私は彼処に行かなければ。

私が此処に来たのは、頭に生えた世界樹の端くれを元の世界樹に返す為。
世界樹が頭に生える、なんて言っても普通は中々理解が出来ないと思うけれど、そのままの意味。
ある日に頭から、鹿の角みたいな二本の枝が生えてきた。
本によると極稀に世界樹の一部に触れた者がなると書いてあったが、私はこの雪国、ハーゲルキュールには初めて来ているので、世界樹に近づいたのも初めてだ。
世界樹の葉や花弁は、此処とは正反対と言っていいような場所にあるアル・ミンタカト・アル・ハーラまで届くのか半信半疑でもあったけれど、この大きさなら飛んできても可笑しくないような気がした。
大きく、聳え立つ世界樹
止まらない地震の中でも力強く耐えている。
私は彼処へ行って世界樹に触れなければならない。
それが私の目的で、故郷に帰る為に必要なこと。
頭にぐるぐると目的や故郷のことが回っている。
視界は段々ぼやけていき、私は力尽きて、意識を手放した。

意識が回復した、しかし目をすぐには開けられなかった。
何やら騒がしく、私は何処かに運ばれたらしい。
しかも隣から人の気配を感じる。私は大人で保護者などいないし、そもそも此処から故郷は恐ろしい距離で誰かが来れる筈がない。
だからと言って身体はあまり痛まないしきっと軽傷だ。そんな患者にずっと看護師が付いてる筈はないと思う。
恐る恐る、目を開けてみる。
「……バックス」
「おはよう、…えっと」
「サフィーナ」
「おはようサフィーナちゃん」
何故此処に?と言う気力がない。
何だかこの人ならやりそうな気がしていたのかもしれないけど。
「大丈夫だったかい?公園で倒れていたのを“偶然”見つけたんだけどさ」
「それは偶然なんて言わないわ。“仕組まれた運命”と書いて“確信犯”ね。変態なの?」
どうも真意が掴みにくい相手に意地悪に、悪戯に話すのは癖で。
今回もそう。どうもこの人はまだしっかりと信用するには不安になった。
「酷いな、変態じゃないさ。これは本当にた、運命を感じたのさ。君と会うのは運命だったんだ」
「……適当ね。自分の勘しか根拠がないじゃない」
呆れとこの人の不思議さに苦笑いを溢してしまうが、彼は気にしないのかまた口元に笑みを浮かべる。
此処に来てから緊張していたのか、重荷が取れた感じもした。
それを察したのか彼はニヤリとする。
「俺さんが紳士過ぎて惚れた?」
「いや、惚れてはいないけど。…安心はしたわ。もう私は大丈夫だから、ロビーに行かないと」
「あはは、そうだねぇ。手、貸すよ」
「有難う」
彼に手を貸してもらって立ち上がってみたが、やはり足に軽く怪我を負っただけで其処まで酷くなく安心した。
そのままロビーに戻り、騒ぐ人々の中へ入る。
ふと気付いた、目の前にある大きなモニターに人が集まっていると。
そして私はそれを見て固まってしまった。
…………何故故郷が映っている!?
「え、ちょ、サフィーナちゃん!?」
私は人混みを掻き分け、バックスも置き去りにしてまでモニターの前へ出た。
戦争中に、地震によって割れた大地。人が何人も、蟻の巣に水を流し込んだ時みたいに、一度に死んでいく。
次に貴族街に起きた反乱が映される。
殺された、愛を紡ぐ貴族作曲家とも呼ばれたチェルヌイシェフスキー。
逃走する聖女ナジャと誰か二人。
一瞬映った、私の妹。
「カニーナ……!!!」
「サフィーナちゃん、ちょっと!」
突然バックスに腕を掴まれて振り向いた。
とても酷い顔でもしていたのか、バックスは眉をしかめて私を連れ出した。
もう一度人混みを掻き分け、いや、今度はバックスが掻き分けているのに続いて進んでさっきいた場所まで戻ってきた。
そしてバックスはさっきと違い険しい顔で睨みつけた。
「…感情だけで行動するのは危ないよ」
「…ごめんなさい、でも何で貴方が」
確かに彼が言っていることは冷静で正論だ。
此処で私が騒いだりしたら、アル・ミンタカト・アルハーラの者だとすぐばれてしまうところだった。
彼に引っ張られて、良かった。
でも逆に変にも思った。
何故この人は私にこうも親切にするんだろう、と。私と彼は会って一日も経ってないのに。
それを純粋に不思議に思ったし、多分他の人が同じ状況に陥っても不思議に思う筈だ。
だから私は尋ねてみた。
「……“確信犯”…“仕組まれた運命”を本物の運命にしようかねって」
「は?」
「俺さんが、君に付いて行っても良いよねぇ?」
にか、と彼はまた笑った。この人はとても表情が豊かだな…。
「どうしてよ、私の目的も知らないのに」
「付いていきたいだけだよ」
「……ちょっと、考えさせて。私、頭が可笑しくなりそうだわ」
頭を抱えて大きなため息をつく。
彼の気持ちは嫌ではないし有難いが、カニーナや故郷のことも不安で、あちらにすぐ戻ることも視野に入れている。
あまり長く考える時間はなかったけれど、兎に角考えたかった。
なのに彼はこう言った。
「君の故郷のことは俺さんの友人に聞けば大丈夫さ」
「…」
「君の妹は確か、かなりの権力を持っているだろう?俺さんの友人もまあまあの権力と人脈を持っていてね、そいつに聞きゃ分かるさ。ちょっと待っててよ」
「…出来過ぎてる、わよ」
「……そうかねぇ」
彼はまたにや、と笑う。
どうしてか、もう不信感は出てこない。
彼のことはやっぱり掴めないが、まるで昔から一緒にいたような、そんな気がするくらいに信用してしまう。
私は変になっているんだろうか?
私は私の世界であって、それをこれまで侵食されることも無かったのに。
「…サフィーナちゃん?」
「何でも、ないわ。……其処まで言うならお願い。カニーナの安否を確認してもらえないかしら」
「言われずともやるさ。君は君のやることがあるし、お金もないんだろう?それなのに帰るなんて、大変だし俺さんは反対だ」
「もう、貴方が私の何を知っていても何も言わないわ」
「君を知ってるんじゃなくて、あっちの貧富差や君の表情から読み取っただけさ」
__本当にこの人は、分からない。