自己満の味噌煮

小説書く。難しい。

World tree is me. -1-

私の出身地と違い気温は低く、寒空が広がっている。
口を開けばほわりと白くなって浮く息は魔法のようで、消えていくそれをぼんやりと眺める。
この大きな新型の船に乗る人々は多いが、雪という小さい塊がちらついて凍えるような寒さの外に出る者はあまりいない。
こうも寒くては仕方のないことか、と自分で勝手に話をつけて、温かい船内に入らずにいる者達を見やる。
雪雲がぎっしり敷き詰まった空を見上げながら高級そうなパイプを噴かす私より年上に見える男と、降っては手のひらで消える塊にはしゃいで走り回る子供達とその親。
そして、頭を隠す布が不自然じゃないかもう一度確かめる私。
こんなものか、と布の位置をずらしながら思っていると
「あの」
と低い声で誰かが私に声をかける。
声に気付いて振り向くと、さっきの男。
私は一瞬戸惑ってしまった。何か変だっただろうかと。
「……何でしょう?」
「寒くないのかい、お嬢さんは」
そうか、頭より何より私の服が変だと私は今更気が付いた。
そもそも何故気付かなかったのか?と思うくらい。
__どう見ても薄着過ぎる。
私の出身地、アル・ミンタカト・アル・ハーラはとても暑い国。今から向かう国とは真逆と言っていい程に。
元々体温が高く厚着も持ってない私がした最低限の厚着がこれだったが、他から見れば確かに薄着だ。
…それに、少し寒くなってきた。
そんなこと思いながら返答に困っていると、ついくしゃみをしてしまう。
それを見ると男は苦笑いをしながらも、私に上着を被せた。
「やっぱり寒いだろう?」
「……ごめんなさい。でも、私はお嬢さんなんて年齢では」
「おや、すみません」
さっき気になったことを言い返しつつも謝る。どうしても素直に謝るのが苦手な私に心の中で溜め息を吐く。癖を直さなかった自分が悪いのだけれど。
「へぇ、あの国から?」
「ええ。……しかし、貴方は…コンティネントストラナーから、なんて」
「ああ、まあ驚くだろうねぇ…。俺さんは彼処から逃げてきたんだし」
「……逃げて?」
「そう、逃げてだ。あんな国はもう忘れたい」
かなり話している間、お互い堅苦しい敬語も無くなってのんびりと話すようになっていた。
初めて国から出る私には、この人の話はとても不思議で半信半疑にもなってしまう。
何処かにコンティネントストラナー、ホライズンアーキペラゴ、マール・モーリェ…あと、何だったか、兎に角たくさんの国があると聞いた。
私の居た国は貧困民が多く、私もあまり裕福じゃなくてそれなりに苦労した。
そんな国では遠くまで行く人も少ない、遠くから来る人も少ない。そんな環境で、別の大陸など調べる方法もなかった。まさか、本当にあるとはな、と。
今から行く国は少し特殊だから知っていた、本当にそれだけ。
それから、私は気になったことに失礼だと思いつつも首を突っ込んでいった。
「……コンティネントストラナーは、そんなに荒んでいるの?」
「土地は綺麗さ」
「土地“は”?」
「うん。皆、心が荒んでるんだ」
「…戦争があったって、あれ、もしかして本当に?」
「そうだな……うん、あの頃くらいから…何か可笑しいのかもしれないな」
勿論自分も、と付け加えて自嘲する男は何だか遠くで見ていた時より老いて見える。
いや、老いて見えるは失礼か、上手くは言えないがかなり疲れているように見える。
「……もうすぐ着くかね」
「え、もう?…思っていたより、早いわ」
話をかなり長い間続けていたようで、もう目の前に島は迫っていた。
全てが真っ白に染まっている雪国である島。
近づくのにつれて寒くなり、船の中へ戻る子供達と親。
二人だけの船外になってしまい、どうしようかと思ったがすぐに港に着いたので少し安心してしまう私がいた。
「……着いたか、残念だ。もう少し君とは話がしたかったね」
「え?」
「いや、何でも?」
くく、と笑う男は私に向かって紙を投げた。
それを掴むと其処にはご丁寧に「バックス」と名前が書いてある。
背を向けて手を振る彼を、私もくすくすと笑いながら見送った。