執念深く愛を求める
「飽きないなぁ、ヤスラ」
町から離れた、吹雪で荒れる氷山の上。
遠い世界から、此処まで来てしまった部下(弟子でもいいかもしれない)の執念深さにため息が出そうになった。
彼はいつもの目つき、まるで敵でも見ているかのような睨みつけ方で此方を見つめている。
その目は上司にする目かな、とよく問うのだが彼がそれを止めたことはない。彼はまだ、とっても長い、終わりそうにもない思春期の真っただ中なのだ。
「彼のことも、あの町の人のことも諦めないか?…いや、私は諦めという言葉は嫌いだよ。でもねぇ…そういう問題じゃないって分かってるだろ」
こうやって諭すような言い方をしないと、彼は私にだって襲いかかってくる。
最近の彼は乱暴で、獰猛だ。
いや、最近じゃないのかもしれない。
“私が来た時にはもう”乱暴になっていた。そう言った方が良い。
この乱暴さと思春期に入った原因は多分この二つだと思う。
私ともう一人の弟子のエーアストが此方に来る前に、彼はリタルドタウンを一度救って英雄と呼ばれるものになったらしい。
それから、彼は妙に其処に執着している。
もう一つ、もう一つは彼のお気に入りの男性のこと。
ヤスラはそのことにも深く執着している。
きっと彼とは離れたくないんだろう、その気持ちは苦しいほど分かる。
でも、容認出来るかと理解出来るかは違う。
「分かってるだろう、ヤスラ。私はあちら側では最高神に近いけど、こっちでは好き勝手出来ないんだよ。君も同じだよ」
「煩い。帰りたきゃ帰りゃいいし、勝手に使わなきゃいいんでしょ、能力とか」
「…職権乱用みたいになるけど、君には新しい縁を結んであげるから…「はぁ?論外だよ。それで帰ってくると思って言ったなら、アモルは脳が腐ってきたんじゃないの?」……あのね、ヤスラ」
こういうのには慣れているので、怒ったりはしないが呆れはする。
私も愛の神だとは言いつつも、実際は生き物達の恋を上手く結び付けてやるくらいしかやっていないから、ヤスラの中に芽生えた感情を本当は結び付けて応援しなきゃいけない立場だ。
こうも微妙な場所で、弟子を運命に墜落させてしまったのは後悔している。
何となく予感はしていたし、不安だったのに防げなかったのは私の所為なのだ。
今もずっと情けをかけてきたつもりだが、もうちょっと待ってあげなきゃいけないだろうか…。
「………分かったよ。もうちょっと待つよ。でも、早くしなよ」
「そんなのいつになるか分かんないよ?アモルなら無理矢理連れ帰ることも出来るんじゃないの?」
「出来ないことはないけど、弟子が頑張ってるところを無理矢理っていうのはね」
「…ふぅん」
今度は半信半疑な目でヤスラは此方を見た。
だけど、私はぼんやりと違うことを考えていた。
この世界は殺伐としていながらも、多くの愛がある。
ヤスラのことを理由にしながら、私も帰りたくない気持ちがあることを理解していた。
私自身にも、ヤスラ自身にも、多分エーアストにも、まだ猶予期間が必要な気がした。
此方の神様にまた怒られても仕方がない状況になってしまっているけど。
もっと人々の縁を結びたいし、人々と出逢いたかった。
「…アモルも同じじゃないの?その顔、大分前の自分に似てる」
「…そんなことないよ。あの時のヤスラの顔の方がもっと酷かったさ」
「うわ、自分のこと棚に上げといて何言うんだこの上司」
私の願いが満足に叶えられなくても良い。
私の弟子がこの世界で何か一歩を踏み出してくれればいい、と思う。
そしてまだ殺伐としているこの世界が、もっと愛に満ち溢れればいいとも思う。
願わくば、その愛のほんの少しを拾って、私が貰いたいとも思う。
神にも人間にも、そうでないものにも、願いとは尽きないものだとつくづく思った。